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猫はやっぱりノルウェージャン!

威張る幼女の戯れ言日記

環境トップとメタゲーム

「プレイヤーのすべき事は環境の中で何が強いのか、環境トップをどう対策するかを考察する事であり、トップの弱体化、修正を願う事ではない」


TwitterでRTされていた言葉ですが、これは確かに的を射ていると思います。


事実「⚫⚫が強すぎる修正しろ!」とプレイヤーが叫んだところで「はい修正しました」とはなりませんし、「修正必須、強すぎて対策なんて無理」と思考を停止させた時点でその人自身の成長も止まりますからね。


また、ゲームには「メタゲーム」という概念が存在し、「ある強いテーマ」があるのなら「それを対策するテーマ」が台頭し、「そのテーマを更に対策するテーマ」が台頭すれば元々環境に存在した「ある強いテーマ」が台頭する、という循環が存在するので環境に「強いテーマ」が存在しても十分楽しめる仕組みになっています。


寧ろその環境の変遷こそがゲームの醍醐味とすら言えるでしょう。


前述した通り「修正しろ!」と叫んだところで修正が入る可能性は低く、結果としてメタの考察しかやる事が無いのでそのような考察活動を楽しむ前から修正活動に走るのは「ゲームを無駄にしている」のと同義です。


そもそも娯楽にイライラしてちゃ世話ないですからね。


ですが、環境に対し不満がある部分も確かに存在します。


「あるテーマが強すぎて環境が動かない」、これは面白くないと感じる人も居るでしょう。


つまり、メタゲームが「台頭するテーマ自体が移り変わるメタゲーム」ではなく「環境トップの取り巻きのみが移り変わるメタゲーム」になった場合、それは如何なものかという訳です。


例えば遊戯王


今の環境はEMというテーマ1強であり、「勝ちたいならEMを使う以外有り得ない。基本的な軸以外の細かなカードはEMミラー時の対策を重視する」という状況。


例えばポケモン(ダブルバトル)。


ガルーラスタン1強であり、ガルーラを狩るガルーラガルーラガルーラに強い取り巻き等とにかく『ガルーラ+何か』でメタゲームが進行していく」という状況。
(2015年世界大会でもbest8中6人がガルーラ構築)


上記のようなメタゲームの進行は根本的な構築の軸に関して変遷が発生しないので、いつまでも同じ軸が環境トップに居座る事となってしまいます。


そうなるといずれ環境の煮詰まり、飽きが生じ、面白さに欠けると感じるプレイヤーが発生しても不思議ではないという訳です。


僕はスタンスこそ「プレイヤーは今ある環境を享受する他ないのだから勝ちたいのなら環境トップを使いその取り巻きに対するメタゲームに乗るべきであり、寧ろそれ以外の行動選択は甘えとすら言える」という思考ですが、その実本心では「トップが修正されたら面白いだろうに」とも思っています。


ですが、本心ではそう感じていても「修正しろ!」とは言いません。


何度も言ったようにプレイヤーは今ある環境を享受する他なく、「修正しろ!」と喚いたところでそれが反映される可能性も保証も無いのですから。


喚く為の娯楽ではありません。
楽しむ為の娯楽です。


結論として何故修正派が煙たがられるのか、それは「どんな環境でも環境トップは存在し、結局それに対して『強すぎる修正しろ!』と喚くだけなので環境が変わろうが変わるまいが常に煩いから」なんでしょうね。
(前述した『メタゲームの質』を変える為の修正を望むのならまだ理解できますが、現状として『ただ強いから』という理由で修正を望む人しか居なく、修正派にはそこまでの考えに至ってる人が居ないように見受けられます)


環境トップに対する「修正しろ!」という気持ちは正直のところ誰しもが感じているでしょう。


しかし、その気持ちを胸にしまい、「どうすれば勝てるか」を考察できるか否かが「強いプレイヤーとしてのスタートラインに立てるか否か」の分かれ目だと僕は思います。